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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)40号 判決

控訴人 江頭芳弘

右訴訟代理人弁護士 日野和也

被控訴人 北島スエノ

〈ほか七名〉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 山本卓一

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人北島スエノに対し金九七万三、四一二円、被控訴人北島義則、同北島幸子、同坂井梅代、同北島リウ子、同北島治喜、同北島喜代美、同北島孝芳に対しそれぞれ金三一万二、八〇四円、および右各金員に対する昭和四四年一二月一八日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人らの連帯負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決は被控訴人らの勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、左のとおり付加し、原判決六枚目表八行目「第二十九号証」の次に「(但し二十二号証は一、二)」を挿入するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴代理人は「控訴人の免責および過失相殺の主張につき、右主張はいずれも否認する。本件事故は控訴人の前方不注視により生じた追突事故で、控訴人の一方的過失にもとづくものである。」と述べ、

控訴代理人は、「亡北島軍次が蒙った財産的損害の中には、同人の得べかりし恩給受給利益喪失による損害賠償債権が計上されているところ、他方、右債権の相続取得者である被控訴人北島スエノは右軍次の死亡により遺族扶助料を受給しているので、同被控訴人が相続により取得した右債権は、右扶助料の受給により損害が填補された限度で、これを減縮すべきである。」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一  昭和四四年一〇月二四日午前九時三〇分頃、佐賀県佐賀郡諸富町大字寺井津の県道上において、道路中央に寄り、右折しようとしていた北島軍次運転の原動機付自転車に、控訴人の運転する軽四輪貨物自動車が衝突して右軍次をはねとばし、よって、同月二九日同人を死亡するに至らしめたことおよび控訴人が、右加害車両を自己のため運行の用に供していたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

しかして、控訴人の免責の主張は理由がなく、従って控訴人が自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故による損害賠償責任を免れ得ないことは、原判決六枚目裏五行目冒頭より七枚目裏二行目末尾までの理由説示のとおりであるからここにこれを引用する(但し、原判決七枚目表八行目の「被告人」の「人」を削る)。

二  そこで以下損害につき判断する。

(一)  亡北島軍次の得べかりし利益喪失による損害

≪証拠省略≫を総合すると、北島軍次は被控訴人坂井梅代を除くその余の被控訴人らと同居し、長年青果業を営み、本件事故当時は満五四才で、長男被控訴人北島義則、二女同北島幸子の手助けを受けて右営業に従事し、昭和四三年度中においては、金一一〇万円の営業所得を挙げたほか、年額金二万一、三〇四円の軍人恩給を得ていたことが認められる(なお、右恩給収入は給与所得に該当するところ、これより給与所得控除をなすときは、確定申告をなすべき総所得金額に包含される給与所得の金額はないことになるので、≪証拠省略≫掲記の申告所得額金一一〇万の中には右恩給収入は含まれていないものと推断される。)。

しかして、≪証拠省略≫を総合すると、前示青果業は、軍次が主体となってこれを営み、これを助けていた被控訴人義則は、本件事故当時満二五才で青果業の経験は約七年間であり、また被控訴人幸子は本件事故当時満二一才で本件事故の約一年前から家業に従事し配達等の手助をなし、多忙な折には軍次の妻被控訴人北島スエノもその手伝いをしていたことが窺われ、さらには軍次は、糖尿病で昭和四四年三月二六日より同年五月三日まで佐賀県立病院に入院し、その後も引続き本件事故当時まで投薬治療を受けていたほか、歯の通院治療をも受けていたが、しかし、これがため青果業に従事し得なかったわけではないことが認められ、軍次や右家族の年令、営業の経験、対世間的信用等を勘案すると、前記青果業による営業収入に対する軍次の寄与率は六割(金六六万円となる)を下ることはないものと認められる。

また、右収入で前示家族八人の生活が維持されてきたことに鑑みると、≪証拠省略≫によって認められる昭和四三年一一月から昭和四四年一〇月まで一ヶ年間の軍次の治療費(自己負担額)が金五万一、一五六円にのぼっていることを斟酌しても、同人の生計費は一年間金一八万円程度と認められるので、これを前示収入から控除すると同人の年間純収入は金五〇万一、三〇四円となる。そして第一一回生命表によると満五四才の男子の平均余命は一九・二一年であるから、軍次は本件事故にあわなければなお一〇年間は右営業に従事して右と同程度の収益を挙げえたものと推定されるので、ホフマン式計算法に従い年五分の割合による中間利息を控除して右期間における逸失利益の現価を求めると金三九八万二、八一〇円(円未満切捨以下同じ)となる。

そこで、損害賠償額算定にあたり斟酌すべき過失が軍次に存したか否かにつき按ずるに、≪証拠省略≫によると、軍次が県道を諸富町方面より川副町方面に向け西進し本件事故現場の丁字路交差点において右折進入せんとした町道は、当時工事のため諸富町長により通行止の規制がなされていたことを認めることができる。しかしながら、軍次が適正な方法に従って右折せんとするかぎりにおいては、右道路が通行禁止となっていたことの一事から、直ちに軍次の右折行為自体を掴まえて本件事故と因果関係のある過失行為というべきものではないと思料される。

しかし、≪証拠省略≫によると、軍次は右丁字路交差点に近接して、後方から進行してくる車両等の有無を確認することなく、またなんら右折の合図をしないまま、道路左側部より交差点中央部に向け、控訴人車両の進路前方に進出したため、同車より追突されたものであることが認められる。

右認定事実に基づき過失の有無につき考えるに、およそ、原動機付自転車の運転者は、交差点において右折せんとするときは、交差点の三〇米手前の地点において右折の合図をなして右折行為が終るまでその合図を継続し、かつあらかじめその手前からできるかぎり道路の中央に寄って進行し(道路交通法三四条二項、五三条一項、同法施行令二一条)、後続車両に事前に注意を喚起し、もって右折時における衝突事故を未然に回避すべき注意義務があるというべきである。しかるに軍次の前示右折方法には右適正な運転措置に適合しない義務違反があり、かつ、≪証拠省略≫によると、控訴人がダッシュバンの蓋を閉めるため、その方に目を向け前方注視を怠った時間は一秒程度にすぎないことが認められるから、もし軍次が、前示のごとき適正な右折の方法に従った右折をしていたならば、控訴人も事前にこれを認識し事故の回避措置を執り得たものと推認されるので、軍次の右義務違反(過失)は、前示引用にかかる原判決説示の控訴人の過失と相まって、本件事故発生の一つの原因となっているというべく、その過失は損害賠償額の算定にあたり斟酌すべきものと思料する。そして、その過失割合は、判示の諸般の事情を考慮して被我較量すると、軍次二に対し控訴人八とみるのが相当である。してみると、右割合により過失相殺をなすと控訴人が負担すべき得べかりし利益喪失による損害賠償額は金三一八万六、二四八円となる。

しかして≪証拠省略≫によると、被控訴人スエノは軍次の妻、その余の被控訴人らは軍次の子であることが認められるから同人の右損害賠償債権を被控訴人らは各相続分に応じて相続承継したものというべきである。そして、その金額は被控訴人スエノについては金一〇六万二〇八二円となるところ、≪証拠省略≫によると、被控訴人スエノは、軍次の死亡による恩給受給権の消滅にともない遺族扶助料を受給することとなり、その額は昭和四六年一〇月七日現在において年額金三万九、九五五円であることが認められる。ところで不法行為により死亡したもの(軍次)の得べかりし恩給受給利益喪失による損害賠償債権を相続したもの(スエノ)が、当該被害者(軍次)の死亡により扶助料の受給権を取得した場合には、当該相続人(スエノ)が請求することのできる損害賠償額は、扶助料受給額の限度において減縮すべきである(最高第一小法廷昭和四一年四月七日判決民集二〇巻四九九頁)。従って前示軍次の損害賠償債権に含まれている恩給受給利益喪失相当分のうち被控訴人スエノが相続すべき額が、同人の受領する扶助料によって補填される割合に応じて、前記相続分から控除すべく、その相続分金一〇六万二〇八二円の中に含まれている恩給喪失分に相当する債権額を、前示営業収入(金六六万円)と恩給収入(金二万一三〇四円)の比率を基準に算出すると金三万三、二一〇円となり、被控訴人スエノは右金員に相当する遺族扶助料を受給することにより損失を補填されるから、前示相続分より右金員を控除すると金一〇二万八、八七二円となり、これが同被控訴人において相続により取得した損害賠償債権として主張できる金額となる。

その余の被控訴人の相続分が各金三〇万三、四五二円となること計数上明らかである。

(二)  葬祭費

≪証拠省略≫によると、被控訴人スエノは、亡軍次の葬祭費として金一〇万円を下らない出捐をしたことが認められ、かつ右金額は相当な範囲内のものと思料されるので、これをもって本件事故により被控訴人スエノが蒙った損害というべきところ、前示過失割合に従い控訴人が負担すべき賠償額を算出すると金八万円となる。

(三)  慰藉料

被控訴人らが本件事故により夫あるいは父を喪い精神的苦痛を蒙ったであろうことは推察するに難くない。そして、判示の本件事故の態様、控訴人および軍次の過失その他諸般の事情を考慮すると、右精神的苦痛を慰藉するため、控訴人をして、被控訴人スエノに対し金九〇万円、その余の被控訴人らに対し各金三〇万円宛支払わせるのが相当である。

三  そこで損害の補填につき考えるに、まず被控訴人らが自動車損害賠償責任保険より金三〇〇万円の給付を受くることについては当事者間に争いがなく、被控訴人らは本訴においてこれを得べかりし利益喪失による損害賠償債権に充当すべきものとしているので、これを被控訴人らが相続承継した各債権額の割合に応じて右債権に充当することとする。ところでそのほか、被控訴人らが控訴人より金七万円を受領したことについては当事者間に争いがない。もっとも、≪証拠省略≫によると、右金額の内金二万円は本件事故直後見舞金名義で、また内金五万円は軍次の葬儀に際し香典名義をもって各出捐されたことが認められるから、文字どおり読むならば、それは見舞金であり香典であって損害の一部の補填と見るべきではないであろう。

しかしながら、前示認定にかかる被控訴人方程度の社会的な地位や収入、また≪証拠省略≫に照らして窺えるところの控訴人はみるべき資力もない一かいの鮮魚の行商人にすぎないという双方の諸事情や金七万円にのぼる支払金額等に鑑みるならば、控訴人の右出捐は、単に儀礼的な金額としては、はるかにその域を出ているものと認められ、従って、本件では損害賠償債務の一部弁済に充当せしめて然るべきものと解するのが相当である。そして、金五万円は被控訴人スエノの葬祭費支出による損害賠償債権に、見舞金の二万円は保険金と同様被控訴人らが相続承継した得べかりし利益喪失による損害賠償債権に各承継取得額の割合に応じて、これを充当すべきものと思料する。

以上の充当方法によると、得べかりし利益喪失による損害賠償債権の相続承継分に充当される額は、被控訴人スエノにつき金九八万五、四六〇円、その余の被控訴人らにつき各金二九万〇、六四八円となり、これをそれぞれ控除すると、残額は被控訴人スエノにつき金四万三、四一二円、その余の被控訴人らにつき各金一万二、八〇四円となり、また被控訴人スエノの葬祭費支出損害は金三万円が残存することとなる。これに前示各慰藉料額を合算して現存損害残高を算出すると、被控訴人スエノにつき金九七万三、四一二円、その余の被控訴人らにつき金三一万二、八〇四円となること明らかである。

四  してみると、被控訴人らの本訴請求は、右各金員およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年一二月一八日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。その趣旨を一部異にする原判決は変更を免れず本件控訴は一部理由がある。

よって原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条九二条九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江啓七郎 裁判官 藤島利行 前田一昭)

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